2013年7月1日月曜日

韓氏意拳人物紹介



ー韓氏意拳人物紹介ー



国際韓氏意拳総会会長 韓氏意拳創始人 韓競辰導師
韓星橋先師の四男で、きわめて明晰な拳学理論と、卓越した実力の持ち主。現在韓家に伝わる意拳の指導に力を注ぎ、意拳の更なる進歩発展のために努められている。国際韓氏意拳総会会長。











李天徳導師
韓星橋、韓競辰の両師に学ぶ。平素は香港にてM.D.(医師)D.C.(カイロプラクター)として活躍している。










韓星橋先師
1909年、北京に生まれる。幼少より武術を学び、22歳の時、当時45歳であった王郷齋先師に師事する。門下中の四大金剛力士の一人と呼ばれ、唯一人王先師の代わりに人前で拳舞を披露する事を許されていた。拳学追求の道に終わりは無いという王郷齋先師の言葉通り、晩年まで拳学拳理の追求に心を尽くされ、2004年10月、95歳で逝去された。










韓星垣先師
1915年、南京に生まれる。韓星橋先師の実弟。兄に続き王郷齋先師の門に入り、王先師の寵愛を受ける。武術の技量は非常に高く、多くの武勇伝が残っている。晩年は香港へ渡り、1983年に病没するまで多くの弟子を指導された。










意拳創始人 王郷齋先師
1886年に生まれ、幼少の頃から形意拳の名人である郭雲深老師より親しく教えを受ける。郭雲深老師没後20余年の拳理研究の後、意拳を創始、実戦家として名を馳せ、国手(国を代表する名人)と呼ばれた。意拳を拳学という学問へと昇華させた後、養生法としての意拳の研究、指導に力を注がれ、77歳にて逝去された。

ー日本韓氏意拳学会人物紹介ー













日本韓氏意拳学会会長 光岡英稔導師
6歳からアメリカ合衆国カリフォルニアで過ごし、10歳の時に日本に帰国する。帰国後さまざまな武道、武術を学び、19歳の頃、武術指導のためにハワイへ渡る。1999年再び帰国し、日本での指導を開始する。2003年2月に中国にて、王郷齋先師の高弟であった韓星橋先師と、四男の韓競辰導師に出会い、両師に才能と実力を認められ、同年8月に正式に拝師する。
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鹿間裕行教練(中級教練)
2003年に光岡英稔に続いて韓氏意拳に出会い、2005年4月に韓競辰に拝師。札幌分館、青森分館、山形分館(共同)、宮城分館、新潟分館(共同)、群馬分館、長野分館、埼玉分館(共同)、福井分館指導責任者。
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守伸二郎教練(中級教練)
2005年4月に韓競辰に拝師。現在、家業の呉服屋を営みながら大阪分館(共同)、香川分館、高知分館、大分分館指導責任者。香川県において「STUDIO ANCHOR内 韓氏意拳拳学研究センター」を主宰。
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駒井雅和教練(中級教練)
2003年に光岡英稔に続いて韓氏意拳に出会い、2005年4月に韓競辰に拝師。埼玉分館(共同)、神奈川分館(共同)、東京分館指導責任者。
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野上明宏教練(中級教練)
2005年4月に韓競辰に拝師。岡山でカイロプラクターとして開業する傍ら韓氏意拳の指導活動を行う。広島分館、岡山分館(共同)指導責任者。















岸田純教練(中級教練)
さまざまな武術を経験した後、韓氏意拳に出会い、2005年4月に韓競辰に拝師。和歌山分館、大阪分館(共同)指導責任者。



入江宏和教練(中級準教練)
還暦を過ぎて韓氏意拳に出会う。英語、フランス語での教学活動に対応。京都分館(共同)指導責任者。














小関勲教練(中級準教練)
2003年光岡英稔と出会い、韓氏意拳を学び始める。スポーツトレーナーの傍ら、山形県を拠点として活動。山形分館(共同)、新潟分館(共同)、神奈川分館(共同)指導責任者。














内田秀樹準教練(初級準教練)
2007年に韓氏意拳を学び始める。埼玉分館世話人補佐を経て、2013年4月より教練養成課程に入る。東京都で呉服屋を営む。













田所良太準教練(初級準教練)
2003年に光岡英稔と出会い、韓氏意拳を学び始める。2013年4月より教練養成課程に入る。徳島県在住。















高橋透準教練(初級準教練)
2003年に小関勲の紹介で韓氏意拳に出会い、光岡英稔、鹿間裕行に韓氏意拳を学ぶ。柔道整復師の資格を持ち、20歳の頃からカイロプラクティック、オステオパシーを学び、現在山形市で開業している。2013年4月より教練養成課程に入る。